賃金のデジタル払いは、労働者本人の同意を得たうえで、厚生労働大臣の指定を受けた資金移動業者の口座(PayPayなどの給与受取口座)へ給与を支払える制度で、2023年4月1日に解禁されました。導入には労使協定の締結と、労働者一人ひとりへの説明・個別の同意が必要で、希望しない人に強制することはできません。

この記事は、パート・アルバイトを多く抱える飲食店や小売店の経営者、給与計算や労務を担当する管理部門の方に向けたものです。スタッフから「給与をPayPayで受け取りたい」と相談されたときや、導入を検討するときの判断材料として使えます。

以下では、制度の基本と指定資金移動業者の一覧、導入の手順、受入上限額や手数料・破綻時の保証といった安全面のルール、事業者にとってのメリットと注意点、外国人スタッフや学生アルバイトでの使い方、よくある誤解までを順に解説します。

賃金のデジタル払いの基本

労働基準法では、賃金は通貨(現金)で直接支払うことが原則です。例外として、労働者の同意があれば銀行などの預貯金口座や証券総合口座への振込みが認められており、労働基準法施行規則の改正(令和4年厚生労働省令第158号)により、2023年4月1日からこれに「資金移動業者の口座」が加わりました。

対象になるのは、厚生労働大臣が指定した資金移動業者だけです。現金化できないポイントや仮想通貨(暗号資産)で賃金を支払うことは認められていません。

指定資金移動業者の一覧

厚生労働省のページによると、2026年7月1日現在で指定を受けているのは次の4社です。指定は随時追加されるため、導入前に最新の一覧を確認してください。

指定番号事業者サービス名称指定年月日受入上限額
第00001号PayPay株式会社PayPay給与受取2024年8月9日20万円
第00002号株式会社リクルートMUFGビジネスCOIN+(スタンダード)2024年12月13日30万円
第00003号楽天Edy株式会社楽天ペイ給与受取2025年3月19日10万円
第00004号auフィナンシャルサービス株式会社au PAY 給与受取2025年4月4日10万円

制度は2023年4月に始まりましたが、最初の指定は2024年8月のPayPayで、実際に利用できるようになったのはそれ以降です。受入上限額は、労働者の給与受取口座に入れておける残高の上限として各社が設定しているものです。

導入の手順

厚生労働省の雇用主向けリーフレットでは、導入の流れを6つの段階で示しています。順番に進めれば、労働基準法上の手続きを漏れなく満たせます。

  1. 指定資金移動業者を確認する(上の一覧で、指定を受けた事業者かどうか)
  2. どのサービスを扱うか検討する(給与計算・振込の事務フローとの相性も確認)
  3. 労使協定を締結する
  4. 労働者に制度の内容を説明する
  5. 希望する労働者から個別の同意を得る
  6. 賃金支払いの事務処理を確認し、実施する

労使協定で定めること

労使協定は、労働者の過半数で組織する労働組合、ない場合は労働者の過半数を代表する者と結びます。厚生労働省の通達では、次の事項を定めることとされています。

記載事項記載例のイメージ
対象となる労働者の範囲希望する全従業員、パート・アルバイトを含む など
対象となる賃金の範囲と金額毎月の定期賃金のうち労働者が指定する額 など
取扱指定資金移動業者の範囲PayPay給与受取 など、店が対応するサービス
実施開始時期○年○月支払分から など

説明と個別の同意

同意は、書面または電磁的記録により、労働者一人ひとりから取得します。厚生労働省は「資金移動業者口座への賃金支払に関する同意書」の様式を公開しており、受け取る額(定期賃金・賞与・退職金ごと)、資金移動業者名とサービス名、アカウントIDと名義人、代替口座(預貯金口座など)、支払開始希望時期を記入する形式です。

説明の際は、デジタル払いだけでなく、預貯金口座や証券総合口座への振込みもあわせて選択肢として示す必要があります。資金移動業者は預金を受け入れる機関ではないこと、破綻時の保証の仕組み、不正出金時の補償、手数料なしで払い出せる回数などもあわせて伝えます。

給与の全額ではなく一部だけをデジタル払いにすることもできます。たとえば「毎月2万円だけPayPayに入れ、残りは銀行口座へ」という指定が可能です。

導入後の運用で決めておきたいこと

開始後は、受取額の変更、利用サービスやアカウントIDの変更、デジタル払いの取りやめといった申し出が出てきます。どの書式で、給与締め日の何日前までに受け付けるかを社内ルールとして決め、同意書と同じく記録を残しておくと混乱を防げます。

アカウントIDの入力ミスは誤送金につながるため、登録時は本人の確認画面と照合するなど、二重チェックの手順を設けておくと安心です。退職時の最終給与の支払先や、給与明細での振込先の表示方法も、あらかじめ給与計算担当者と確認しておきましょう。

店舗が複数ある場合は、店長ごとに説明内容がばらつかないよう、説明用の資料と同意書の様式を本部で統一しておくことをおすすめします。厚生労働省は雇用主向け・労働者向けのリーフレットを公開しているので、説明の際に手渡す資料として活用できます。

上限額・手数料・破綻時の保証

資金移動業者の口座は銀行預金とは性質が異なるため、厚生労働大臣が指定する際には、労働者を保護するための要件が設けられています。主なものは次のとおりです。

項目ルール
口座残高の上限受入上限額を100万円以下に設定。超えた場合は当日中に代替口座(預貯金口座等)へ送金して100万円以下にする
破綻時の保証保証機関が労働者に速やかに(6営業日以内に)弁済する仕組み。預金保険制度の対象ではない
不正取引の補償労働者に過失がない場合は損失全額を補償
払出し(現金化)1円単位で受け取れ、少なくとも毎月1回は手数料なしで払い出せる
残高の有効期間最後に口座残高が変動した日から少なくとも10年間は有効

実際の受入上限額は、前の章の一覧のとおり各社10万円から30万円に設定されています。上限を超えた分は、同意書で指定した代替口座へ自動的に出金されます。

毎月1回の無料払出しは、ATMでの出金か銀行口座への出金かなど、具体的な方法は各サービスの規約で決まります。2回目以降の手数料の有無も含め、スタッフに案内する前にサービスの公式情報を確認しておきましょう。

事業者にとってのメリットと注意点

メリット

最も大きいのは、スタッフの希望に応えられることです。普段からキャッシュレス決済を使っている人にとっては、受け取った給与をそのまま支払いに使えるため、求人の際の訴求材料の一つになり得ます。

また、スタッフ側で受取額を「一部だけ」に指定できるため、生活費は銀行口座、こづかいはアプリといった使い分けにも対応できます。

注意点

一方で、労使協定の締結、同意書の管理、振込先が複数になることによる給与計算・振込事務の増加など、管理部門の手間は増えます。資金移動業者への送金方法や手数料は、サービスや取引金融機関によって異なるため、事前に確認が必要です。

受入上限額が10万円から30万円と比較的低いため、月給の全額をデジタル払いにすると上限を超え、超過分が代替口座へ送られることになります。現実的には、給与の一部をデジタル払いにする使い方が中心になると考えられます。

外国人スタッフ・学生アルバイトでの活用と、よくある誤解

外国人スタッフや学生アルバイトのなかには、スマートフォン決済を日常的に使っている人も多く、デジタル払いの希望が出やすい層です。導入する際は、制度の説明を相手が理解できる言葉で行い、同意が本人の意思によるものであることを確認しましょう。

注意したいのは、デジタル払いでも代替口座(預貯金口座など)の指定が同意書の記入事項になっている点です。上限超過分や破綻時の受け皿として必要になるため、「銀行口座がなくてもデジタル払いだけで給与を受け取れる」とは考えないでください。

よくある誤解

  • 「会社の都合で全員をPayPay払いにできる」→できません。希望しない労働者への強制は禁止で、本人の同意がない場合は労働基準法違反となり、罰則の対象になり得ます。
  • 「ポイントで払えばよい」→現金化できないポイントや暗号資産での賃金支払いは認められません。
  • 「どの決済アプリでもよい」→厚生労働大臣の指定を受けた資金移動業者のサービスに限られます。
  • 「預金と同じく預金保険で守られる」→預金保険制度の対象ではなく、保証機関による弁済の仕組みで保護されます。

導入前のチェックリスト

  • □ 利用したいサービスが厚生労働省の指定資金移動業者一覧に載っている
  • □ 給与振込の事務フロー(送金方法・手数料・締め日)を確認した
  • □ 労働者の過半数代表等と労使協定を締結した(対象者・対象賃金・業者・開始時期)
  • □ 預貯金口座等への振込みも選択肢として提示した
  • □ 破綻時の保証、不正出金時の補償、手数料なしの払出し、受入上限額を説明した
  • □ 厚生労働省の様式などを使い、書面または電磁的記録で個別の同意を得た
  • □ 同意書に代替口座とアカウントID、受取額、開始時期が記入されている
  • □ 希望しないスタッフに導入を求めていない
  • □ 同意の変更・取りやめの連絡方法を決めた

よくある質問

Q. アルバイトから「PayPayで給料がほしい」と言われました。すぐに対応しなければいけませんか。

A. 事業者に導入義務はありません。導入する場合は労使協定の締結が前提になるため、まず社内で対応するかを決め、導入するなら手順に沿って準備してください。

Q. 給与の全額をデジタル払いにできますか。

A. 制度上は労働者が受取額を指定しますが、各サービスの受入上限額(10万円から30万円)を超えた分は代替口座へ自動的に出金されます。全額をアプリに残しておくことはできない点を説明しておきましょう。

Q. 資金移動業者が破綻したら給与はどうなりますか。

A. 預金保険の対象ではありませんが、指定の要件として保証機関と保証契約を結ぶことが求められており、保証機関から6営業日以内に弁済される仕組みです。

Q. 賞与や退職金もデジタル払いにできますか。

A. 厚生労働省の同意書様式には、定期賃金・賞与・退職金ごとに受取額を記入する欄があります。対象にするかどうかは労使協定で定める賃金の範囲によります。

まとめ

賃金のデジタル払いは2023年4月1日に解禁され、2026年7月1日現在、PayPay、COIN+、楽天ペイ、au PAYの給与受取サービスを提供する4社が指定を受けています。導入には労使協定、労働者への説明、預貯金口座等の選択肢の提示、本人の個別同意が必要です。

受入上限額は100万円以下で各社10万円から30万円、超過分は代替口座へ送金されます。破綻時は保証機関が6営業日以内に弁済し、毎月1回は手数料なしで払い出せるなど、労働者保護の仕組みも整えられています。

スタッフの希望に応えられる一方、事務の手間は増えます。強制はできないことを前提に、自店の給与事務で無理なく運用できるかを確かめてから導入しましょう。

出典