2026年10月1日から、すべての事業主にカスタマーハラスメント(カスハラ)対策が法律で義務づけられます。従業員が1人でもいれば対象で、店舗の規模は関係ありません。

小売・飲食の現場は、カスハラが最も起きやすい職場のひとつです。流通・サービス業の労働組合UAゼンセンの調査では、直近2年以内に被害にあった人は46.8%にのぼり、ドラッグストアでは56.7%でした。一方で、勤務先の対策は「特に対策なし」が42.2%と最多でした。

この記事では、改正法の中身、カスハラに当たる言動・当たらない言動、事業主が講ずべき10の措置、店舗ですぐ使える対応例を整理します。

カスハラ対策義務化の概要

根拠は「労働施策総合推進法」の改正です(令和7年法律第63号、2025年6月11日公布)。施行日は政令で2026年10月1日に確定しています。

項目内容
施行日2026年10月1日
対象すべての事業主(規模要件なし、パート・アルバイトも保護対象)
義務の内容雇用管理上の措置(方針の明確化、相談体制、事後対応など)
指針カスハラ防止指針(令和8年厚生労働省告示第51号、2026年2月26日告示)
違反した場合助言・指導・勧告、勧告に従わない場合は企業名の公表

措置義務の違反そのものに刑事罰はありません。ただし行政から報告を求められて応じない、または虚偽の報告をした場合は20万円以下の過料の対象になります。企業名の公表は、採用や顧客からの評判に直結する点で、小売・外食にとって重いペナルティです。

同じ10月1日には、就活生やインターン生など求職者へのセクハラ防止措置の義務化も施行されます。アルバイトの面接を店長が行う店舗では、あわせて確認しておきましょう。

カスハラの定義:3つの要素

法律上のカスハラは、次の3つをすべて満たす言動です。

  1. 顧客、取引先、施設の利用者など、事業に関係する人の言動であること
  2. 業務の性質などに照らして、社会通念上許容される範囲を超えていること
  3. 労働者の就業環境が害されること

店頭での言動だけでなく、電話、メール、SNSなどネット上の言動も含まれます。指針では、まだ購入していない「潜在的な顧客」も対象としています。

指針が示す具体例(小売・飲食で起きやすいもの)

類型店舗での例
要求内容が不当契約を著しく超えるサービスの要求、著しい値引きの要求、不当な損害賠償の要求、性的・プライバシーに関わる要求
身体的な攻撃殴る、蹴る、商品や物を投げつける
精神的な攻撃土下座の強要、従業員の無断撮影、「SNSに書くぞ」とほのめかす、名前や顔写真をSNSに投稿する
威圧的な言動大声で従業員や周囲の客を威圧する
継続的・執拗な言動同じ質問や電話、メールを執拗に繰り返す
拘束的な言動長時間の居座り、長時間の電話で従業員を拘束する

UAゼンセン調査では、被害の内訳は暴言39.8%、威嚇・脅迫14.7%、繰り返しのクレーム13.8%、長時間拘束11.1%の順でした。長時間拘束は2020年の7.8%から増えています。

カスハラに当たらないもの

商品の不具合への返金要求など、社会通念上許容される範囲の申入れは「正当なクレーム」で、カスハラではありません。障害のあるお客様が合理的配慮を求める意思表明も、カスハラには当たりません。「カスハラ対策」を理由に正当な申入れまで門前払いにすると、消費者対応の問題になるので注意が必要です。

事業主が講ずべき措置:5つの柱・10項目

指針は措置を5つの柱に分け、合計10項目を義務としています。「5項目」「10の措置」と説明が分かれるのは、この数え方の違いです。

柱措置(義務)店舗での具体策
1. 方針の明確化・周知①カスハラに毅然と対応し従業員を守る方針を明確にし、周知する社内規程・就業規則に明記、朝礼やバックヤード掲示で周知
②カスハラの内容と対処方法を周知する対応マニュアルの配布、研修
2. 相談体制の整備③相談窓口を定めて周知する店長以外の窓口(本部・外部)も用意
④窓口担当者が適切に対応できるようにする窓口担当者向けの研修、対応フロー
3. 発生後の対応⑤事実関係を迅速・正確に確認する対応記録シート、防犯カメラ映像の保全
⑥被害者に配慮する措置をとるシフト調整、休憩、メンタルケア
⑦再発防止の措置をとる事例の共有、マニュアル改訂
4. 抑止のための措置⑧悪質なケースへの対処方針を定め、体制を整える出入り禁止・警察通報の基準、弁護士との連携
5. あわせて講ずる措置⑨相談者等のプライバシーを保護し、周知する相談内容の取扱いルール
⑩相談・協力を理由とする不利益取扱いを禁止し、周知する「相談しても評価は下がらない」と明文化

周知の対象は、顧客対応をしない部署も含む全従業員です。雇用形態は問われないため、パート・アルバイト、学生スタッフにも周知が必要です。

義務ではない「望ましい取組」として、顧客対応力を上げる研修、運用状況の定期的な見直し、業種・業態に応じた取組も示されています。

店舗ですぐ使える対応のポイント

厚生労働省の解釈Q&A(2026年4月24日付)には、店舗運営に直結する回答が含まれています。

1人勤務の店舗でもできること

従業員1人の店舗では、退店を求める、電話を切る、犯罪に当たる言動は警察に通報する、といった対応が例示されています。深夜のワンオペ店舗では、「この場合は対応を打ち切ってよい」という基準を本部が事前に示しておくことが、従業員を守る第一歩です。

悪質な客への対処

警告文の交付、店舗への出入り禁止、警察への通報が対処例として挙げられています。出入り禁止を実際に運用するなら、判断者(店長か本部か)と記録の方法を決めておきましょう。

録音・録画は利用目的の通知を

通話録音やボディカメラで記録する場合、個人情報保護法に基づき利用目的を特定し、通知・公表する必要があります。「サービス向上とトラブル防止のため録音しています」といった案内を、店頭掲示や電話の自動音声で行うのが一般的です。

他社から協力を求められたとき

自社の従業員が取引先の従業員にカスハラをした場合、相手企業からの事実確認などの協力要請に応じるよう努める義務があります。本部の購買担当が納入業者に威圧的な要求をするケースも、この規定の対象になり得ます。

自治体の条例と支援制度

国の法律とは別に、カスハラ防止条例を定める自治体は14にのぼります(2026年4月時点)。

自治体施行日特徴
東京都2025年4月1日全国初の都道府県条例。罰則なし
北海道・群馬県2025年4月1日罰則なし
三重県桑名市2025年4月1日警告や加害者の氏名公表の制度あり
愛知県2025年10月1日
静岡県・栃木県2026年4月1日
埼玉県2026年7月1日

東京都は、都内の中小企業(従業員300人以下)がマニュアルを作成し、録音・録画環境の整備などを行うと40万円を支給する奨励金を設けています。第2回の受付は2026年10月23日〜11月6日です。国のカスハラ対策専用の助成金は確認できていないため、自治体の制度を確認しておきましょう。

業界向けの資料も整っています。

  • 厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル(令和8年度改訂版)」
  • 厚生労働省 業種別マニュアル「スーパーマーケット業編」(ポスター・研修動画付き)
  • 農林水産省「飲食店向けカスタマーハラスメント対策ガイドライン」(2026年2月公表、7類型の対応動画付き)
  • 厚生労働省「あかるい職場応援団」(研修動画、ポスター、相談窓口)

施行までの準備チェックリスト

  • □ カスハラに毅然と対応する方針を社内規程に明記した
  • □ 方針とカスハラの具体例を、パート・アルバイトを含む全従業員に周知した
  • □ 店長以外にも相談できる窓口(本部・外部)を決め、連絡先を掲示した
  • □ 対応記録シートと、防犯カメラ映像の保存ルールを決めた
  • □ 対応を打ち切る基準、出入り禁止・警察通報の判断者を決めた
  • □ 録音・録画の利用目的を店頭やWebで案内した
  • □ 被害を受けた従業員へのケア(シフト調整、面談)の手順を決めた
  • □ 相談を理由とする不利益取扱いの禁止を明文化した

よくある質問

Q. 小さな個人店も対象ですか?

A. 対象です。規模要件はなく、従業員を1人でも雇っていれば義務がかかります。

Q. 対策をしないと罰金がありますか?

A. 措置義務の違反に罰金はありません。行政の助言・指導・勧告の対象になり、勧告に従わないと企業名が公表されることがあります。報告を拒んだり虚偽の報告をしたりすると、20万円以下の過料の対象です。

Q. クレームを言うお客様はすべてカスハラですか?

A. いいえ。社会通念上許容される範囲の申入れは正当なクレームです。要求の内容と、要求の手段・態様の両面から判断します。

Q. 名札を名字だけやイニシャルにしてもよいですか?

A. 法律上の義務ではありませんが、SNSでの晒し対策として名札の表記を見直す企業が増えています。社内の方針とあわせて検討するとよいでしょう。

まとめ

カスハラ対策の義務化で、「お客様だから我慢する」から「会社として従業員を守る」への切り替えが求められます。10項目の措置は、方針の明文化、相談窓口、対応記録、打ち切り基準の4点を押さえれば、多くの店舗で短期間に整えられます。人手不足が続く小売・外食では、カスハラ対策は離職防止と採用力の強化にもつながります。

出典