ホームセンターといえば、広い敷地に多くの商品を並べ、買い物客が歩いて選ぶイメージがある。ところが、カインズが展開する無人店舗「CAINZ Mobile Store」(以下、カインズモバイルストア)は、その姿とは大きく異なる。
約34平方メートルの小さな店舗で、商品を手に取り、レジを通らずにそのまま店を出れば会計が終わる。2025年12月、24時間営業の店として、埼玉県の「カインズ 吉川美南店」に併設してオープンした。
無人決済の店舗自体は、もう珍しくない。駅の売店やオフィス、病院、コンビニ、化粧品売り場にも広がっている。ただ、ホームセンターが工具やペット用品、DIY用品などを無人で売るとなると、勝手は変わる。限られた広さで品ぞろえをどう絞り、どうすれば迷わず買ってもらえるか。カインズは同店のオープンまで約3年を費やし、試行錯誤を重ねた。
この3年で、何を試し、何を乗り越えてきたのか。その軌跡を、カインズでデジタル推進を率いる水野圭基さんに聞いた。
話し手:水野圭基氏(株式会社カインズ デジタル推進本部 本部長)
聞き手:落合 真彩(ビジネスライター)

「レジ待ち」の不満から、顧客体験を問い直す
出発点は、顧客の不満だった。アンケートで調べると、レジでの待ち時間に強いストレスを感じている人が多かった。では、この「課題」をどう解くか。カインズが出した答えは、レジそのものをなくすことだった。
「お客様が一番便利に使えるお店とは何か。そこから、この無人店舗の構想が生まれた」と水野さんは振り返る。無人化や省人化が目的だったわけではない。あくまで、利用者の体験を良くすることが前提にある。
では、その体験は実際どうなのか。取材に合わせて、カインズモバイルストアを利用してみた。LINE公式アカウントを友だち追加し、決済手段を登録して、表示されるQRコードをかざして入店。棚に並ぶ商品を手に取り、そのまま店を出る。数十秒後、スマホに決済通知が届く。あまりのシームレスな体験に一瞬戸惑ったが、特段操作に迷う場面はなかった。
この手軽さの裏に、約3年の試行錯誤がある。
実証実験開始から約3年、求め続けた無人会計の精度
まず必要だったのは、無人で正確に会計できる技術だ。カインズは2022年、米AiFi社の技術で実証実験を始めた。天井のカメラ映像をAIで解析し、手に取った商品を判定する方式だ。
無人会計を成り立たせる肝は、精度だった。利用者が手に取った商品が、間違いなくその金額で決済されることが求められる。精度をより高めるため、カインズは途中から、Cloudpick(クラウドピック)へのリプレイスを図った。
クラウドピックの技術は、カメラ映像に加えて棚の重量変化も捉える、いわゆるセンサーフュージョン方式となる。手に取った商品を、映像と棚の重量の2点から判定する分、見た目の似た商品でも取り違えが起きにくい。技術を選び直した理由も「精度が最も高かったから」だった。
店の広さは約34平方メートル。そこに約1200品目を並べる。技術的にはもっと広い店舗にもできたが、あえてこのサイズを選んだ。将来、テナントとして商業施設に入っていく出店余地を見据えた判断だ。
カインズがモバイルストアで優先したのは、買い物体験の良さ、事業として続けられる採算、そして横展開のしやすさの3点。実証実験開始からの約3年間は、その折り合いをつける時間だった。

最も時間をかけたのは、「ストレスのない買い物」の設計
カインズが無人店舗の実証において技術以上に時間をかけたのが、「いかに使ってもらうか」という点である。
専用アプリをインストールしなければならないとなると、利用者にとってハードルが高い。そこでカインズは、多くの人がすでに使っているLINEを入り口にした。「使い慣れたアプリの中に機能があれば店舗に入りやすい」という利用者の声が後押しになった。実際、別アプリからLINEに変えると、実証段階の利用者は増えたという。
買い物の仕方にもこだわった。無人店舗の形態の一つには、利用者が自分で商品を登録するセルフレジ型もある。カインズが目指したのは、その登録の手間すらかけさせない買い物だ。「自分で商品を登録する行為自体が、お客様のストレスになるのでは」と考え、商品を手に取ってそのまま出るだけのウォークスルー型を選んだ。
セルフレジなら、利用者が自分で登録するので誤りは起きにくい。だが、手に取って出るだけのウォークスルーは、センサーで商品を正しく認識できなければ成り立たない。先に技術を選び直したのも、使い勝手の良さと精度との両立を実現するためだった。
「レジ待ちをなくす」という出発点の課題が、店舗方式の選択にも技術の選定にも一貫している。

早朝の犬の散歩や、終電後の買い物。24時間営業で見えてきた新たな需要
約3年の実証を経て、カインズモバイルストアは2025年12月、吉川美南店に併設する形で本格オープンした。実証は本社の店舗で重ねてきたため、駅前で24時間営業する店ならではの使われ方は、オープンして初めて見えてきた。
たとえば早朝。犬を抱いた散歩途中の買い物客が、自分用の食べ物とペット用品をまとめて買っていく。終電後には、仕事帰りに飲み物やちょっとしたおつまみを買って帰る人がいる。いずれも、通常店なら閉まっている時間帯だ。「お客様のライフスタイルに合わせた品揃えが必要だということが、改めて見えてきた」と水野さんは言う。
扱う商品にも違いがある。犬の散歩ついでに買えるペット用品は、コンビニにはあまり置いていない。ホームセンターだからこそ置ける商品を無人店舗にそろえることで、カインズならではの強みをより引き出している。
しかし、想定と現実のズレもあったという。当初水野さんは、利用者が買うのは1品か2品だろうと見込んでいた。ところが実際には、まとめ買いが多く、手で持ちきれない人がいることがわかった。そこで後から、袋を買える機能を追加。このように、実際のユースケースからニーズを拾い、素早い改善を繰り返している。サイズは小さいが、商品を売る場であると同時に、買い物客のニーズをつかむ場にもなっている。
変化は、既存店舗で働く人にも及ぶ。無人店舗と聞くと、人を減らすための仕組みだと受け取る人もいるかもしれないが、水野さんは「その方向性はない」と言い切る。
「店舗のメンバーが、お客様のニーズにしっかりと応えて、課題を解決できる接客をしていく。一人ひとりが自分の強みを活かした働き方ができる。そんな状態を目指しています」
ここで言う課題解決とは、商品の場所を尋ねられて案内する、といった表面的なものではない。「この商品が欲しい」という言葉の裏に、本当の困りごとが隠れていることは多い。それを会話で掘り下げ、解決まで導くのが、カインズらしい接客だと定義する。デジタルやテクノロジーに任せられる作業は任せ、空いた時間は、リフォームの相談やワークショップ、行政と組んだ街おこしといった、人にしかできない仕事へ振り向けていく。
この考え方は、水野さん自身が店舗の現場アプリ「Find in CAINZ」を現場に根付かせてきた経験と地続きだ。在庫や売り場を検索できる「Find in CAINZ」も、当初は現場から「使わないよ」と言われた。長く働くスタッフは売り場を知り尽くしているからだ。
「私自身が現場に入って、一緒に使ってもらいながら、使い方を伝えました。そのときにもらった『ここをこうしてほしい』という改善点を反映して、もう一度リリースし直した。それが現場に喜んでもらえた一番のポイントかもしれません」
水野さんは自らを「エンジニアというよりは現場の人間」と言う。店長やエリアマネージャーを経てデジタルの責任者を務めてきた経験が、社内への落とし込みに効いている。現場の目線を理解し、声を聞いたうえで実装する。モバイルストアで、使われ方を見ながらLINEへの切り替えや袋の機能を足していったのも、同じやり方だ。取材を通しても、その姿勢を崩さない人だという印象を受けた。
都心と郊外へ広げ、「より親切な店」をめざす
モバイルストアは、この一店舗を成功させること以上に、カインズにとって新しい店のあり方を試す場でもある。
今後は、カインズがまだ出店できていない駅前や都心部と、人手が集まりにくい郊外の両面でモバイルストアの展開を探るという。無人の仕組みそのものは大型店には持ち込めないが、小さな店で得た購買データは、大型店の品ぞろえづくりに生かしていく考えだ。
5年後、10年後の店はどうなっているかと問うと、水野さんは「より親切な店舗になっている」と答えた。品出しのような定型業務をデジタルやAIに任せられれば、カインズらしい接客や売り場づくりに集中できる時間が増える。
最後に、変革に挑む企業へ大切なことを聞くと、答えはシンプルだった。
「『課題』から始めることです。お客様にしてもスタッフにしても、みんなが何に困っているのかをはっきりさせて、それをなくしていく。その課題を見極めることが、何より大事だと思っています」
レジ待ちという不満から始まり、約3年をかけてモバイルストアが形になったのも、この「課題起点」の考え方があったからこそだ。
