個人店の法人化(法人成り)は、「売上がいくら」ではなく、利益(所得)の水準と、社会保険料や事務負担の増加を合わせて判断するのが基本です。税率だけを見て法人化すると、社会保険料や法人住民税の均等割で、かえって手取りが減ることもあります。
この記事は、飲食店や小売店を個人事業として営み、利益が伸びてきて法人化を考え始めた店主に向けたものです。税理士に相談する前に、全体像と比較のポイントをつかめるように整理しました。
所得税と法人税の税率の違い、役員報酬による給与所得控除、法人化で社会保険が強制適用になる影響、消費税の免税期間、営業許可や酒類免許の扱い、設立の手続きと費用、メリットとデメリットを順に解説します。
所得税と法人税の違い
個人事業の利益には、所得税が5%から45%の超過累進税率でかかります。法人の利益には法人税がかかり、資本金1億円以下の中小法人などは、所得のうち年800万円以下の部分に15%の軽減税率が適用されます。
| 項目 | 個人事業(所得税) | 法人(法人税) |
|---|---|---|
| 税率の仕組み | 課税所得に応じて5%〜45%の7段階(ほかに復興特別所得税、住民税10%) | 中小法人は年800万円以下の部分15%、800万円超の部分23.2%(ほかに地方法人税、法人住民税、法人事業税など) |
| 主な税率の区切り | 195万円未満5%、195万円以上10%、330万円以上20%、695万円以上23%、900万円以上33%、1,800万円以上40%、4,000万円以上45% | 年800万円で区切り |
| 赤字の繰越し | 青色申告で3年 | 青色申告で10年(平成30年4月1日以後に開始した事業年度の欠損金) |
| 赤字でもかかる税 | 所得税はかからない(住民税の均等割は自治体の基準による) | 法人住民税の均等割(標準税率で年7万円〜) |
中小法人の15%の軽減税率は租税特別措置で、中小企業庁の案内では適用期限が2027年3月31日まで(2026年度末まで)とされています。令和7年4月1日以後に開始する事業年度で、所得が年10億円を超える場合は17%になりますが、個人店ではまず該当しません。期限後の扱いは今後の税制改正で確認が必要です。
役員報酬と給与所得控除
法人化すると、店主は法人から役員報酬を受け取る形になります。役員報酬は法人の経費になり、受け取った個人側では給与所得として給与所得控除を差し引けます。
令和8年分・令和9年分の給与所得控除は、収入220万円までは74万円、360万1円から660万円までは「収入×20%+44万円」です。たとえば役員報酬が年600万円なら、給与所得控除は164万円(600万円×20%+44万円)で、給与所得は436万円になります。
利益を法人と個人に分けることで、高い累進税率がかかる部分を減らせるのが法人化の主な節税の仕組みです。ただし役員報酬は原則として事業年度の途中で自由に変えられないため、金額の決め方は税理士と相談しましょう。
法人化を検討する所得の目安
「所得がいくらを超えたら法人化すべき」という一律の基準はありません。一般論としては、個人の所得税率が23%や33%の区分にかかる水準、つまり課税所得がおおむね700万円〜900万円前後を超えてくると、検討を始める人が多いといわれます。
ただし、社会保険料の負担、家族への給与の払い方、店の借入金や設備投資の予定、今後の利益の見通しによって、有利・不利は大きく変わります。売上が大きくても利益が少ない業態では、法人化のメリットが出にくい点にも注意が必要です。
| 状況 | 法人化の検討 |
|---|---|
| 利益が安定して出ており、所得税率が20%から23%以上の区分にかかる | 税理士に試算を依頼する価値がある |
| 利益の変動が大きく、赤字の年もある | 法人の10年繰越しは有利だが、均等割や事務負担も考慮 |
| 売上は大きいが利益が薄い | 税率差のメリットが小さく、社会保険料負担が上回る可能性 |
| 従業員の採用や取引先からの信用を重視したい | 税以外の理由として検討材料になる |
法人化で社会保険はどう変わるか
法人化で最も影響が大きいのが社会保険です。日本年金機構によると、常時従業員を使用する法人の事業所は、健康保険・厚生年金保険の強制適用事業所になります。
一方、個人事業所が強制適用となるのは常時5人以上の従業員を使用する場合で、旅館、飲食店、理容店などのサービス業は除かれています。つまり個人経営の飲食店は、従業員が5人以上いても現在は強制適用ではありませんが、法人化すると加入が必要になります。
役員も加入対象になる
法人の場合、報酬を受け取る代表者や役員も厚生年金保険・健康保険に加入します。厚生年金保険料率は18.3%で、事業主と被保険者が半分ずつ負担します。
たとえば標準報酬月額が50万円の場合、厚生年金保険料は月91,500円(本人負担45,750円、会社負担45,750円)です。年間では109万8,000円になり、これに健康保険料(協会けんぽの場合は都道府県ごとに料率が異なる)が加わります。国民年金・国民健康保険と比べた負担の増減は、家族構成や所得によって変わります。
パート従業員への影響と「106万円の壁」
厚生労働省の案内では、年金制度改正法により、短時間労働者の賃金要件(月額8.8万円、いわゆる106万円の壁)は公布から3年以内に撤廃され、企業規模要件も段階的に撤廃される予定です。また、2029年10月からは常時5人以上を使用する個人事業所は業種を問わず適用対象となりますが、その時点ですでに存在する事業所は当分の間、対象外とされています。
パートやアルバイトを多く雇う店では、法人化の時期とこれらの改正の時期が重なる可能性があります。関連記事「106万円の壁撤廃」もあわせて確認してください。
消費税の免税と許認可の注意点
新設法人の消費税
消費税は、原則として基準期間(2事業年度前)の課税売上高で納税義務を判定します。新設法人には基準期間がないため、設立1期目と2期目は原則として免税です。
ただし、事業年度開始の日の資本金が1,000万円以上の法人は免税になりません。また2期目は、特定期間(前事業年度開始の日以後6か月間)の課税売上高等が1,000万円を超えると課税事業者になります。
さらに、インボイス(適格請求書発行事業者)の登録をしている場合は、基準期間の有無にかかわらず納税義務は免除されません。取引先が事業者中心で登録が必要な店は、免税のメリットを前提にしないようにしましょう。
飲食店営業許可・酒類販売業免許
飲食店営業許可は営業者ごとに受けるため、個人から法人に営業者が変わる場合は、従来は法人として新たに許可を取り直すのが一般的でした。東京都の案内によると、令和5年12月13日以降は、事業の全部を譲渡した場合に、譲受人が地位承継の届出をすることで新たな許可申請をせずに営業者を変更できる仕組みがあります。法人成りでの扱いは、管轄の保健所に事前に確認してください。
酒類販売業免許については、国税庁の手続き一覧で、法人成りなどの組織再編をする場合は事前に新たな免許申請が必要とされています。酒屋や、持ち帰り用の酒を販売している店は、法人設立の前に税務署へ相談しましょう。
法人化の手続きと費用
株式会社や合同会社を設立し、税務署や自治体、年金事務所などに届出をします。主な手続きは次のとおりです。
- 会社の基本事項(商号、本店所在地、資本金、事業年度、役員)を決める
- 定款を作成する(株式会社は公証役場での認証が必要)
- 資本金を払い込み、法務局で設立登記を申請する
- 税務署に法人設立届出書を提出する(設立の日以後2か月以内)
- 青色申告の承認申請書を提出する(設立の日以後3か月を経過した日と第1期の事業年度終了の日のいずれか早い日の前日まで)
- 年金事務所で健康保険・厚生年金保険の新規適用の手続きをする
- 都道府県・市区町村に法人設立の届出をする
- 営業許可や酒類免許の手続きを確認し、必要な申請をする
- 個人事業の廃業届などを提出する
設立登記の登録免許税は、株式会社が資本金の額の1,000分の7(15万円に満たない場合は15万円)、合同会社が資本金の額の1,000分の7(6万円に満たない場合は6万円)です。株式会社では、このほかに定款認証の手数料などがかかります。
設立後は、決算書や法人税申告書の作成が必要になり、税理士報酬などの事務コストも毎年発生します。
法人化のメリット・デメリット
| メリット | デメリット |
|---|---|
| 利益が大きい場合、税率差や給与所得控除で税負担を抑えられる可能性がある | 社会保険が強制適用になり、会社と本人の保険料負担が増える |
| 赤字を10年間繰り越せる | 赤字でも法人住民税の均等割(標準税率で年7万円〜)がかかる |
| 新設法人は条件により1〜2期の消費税が免税になる | 設立費用や決算・申告の事務負担、税理士報酬が増える |
| 社会保険完備で採用しやすくなる、取引先や金融機関からの信用が得やすい | 営業許可や酒類免許の手続きが必要になる場合がある |
法人化を検討するときのチェックリスト
- □ 直近2〜3年の所得と、今後の利益の見通しを整理した
- □ 役員報酬の金額と、法人に残す利益の配分を試算した
- □ 役員・従業員の社会保険料の増加額を見積もった
- □ 資本金の額と消費税の免税期間、インボイス登録の要否を確認した
- □ 飲食店営業許可の扱いを保健所に確認した
- □ 酒類販売業免許がある場合、税務署に事前相談した
- □ 設立費用と、毎年の税理士報酬・均等割を見込んだ
- □ 店舗の賃貸借契約、リース、借入金の名義変更の可否を確認した
- □ 設立日を、決算期や改正の施行時期とあわせて検討した
よくある質問
Q. 売上が1,000万円を超えたら法人化したほうがよいですか。
A. 売上だけでは判断できません。税負担に影響するのは利益(所得)で、社会保険料や事務コストも含めて比べる必要があります。
Q. 法人化すれば必ず2年間は消費税が免税になりますか。
A. なりません。資本金1,000万円以上の場合や、2期目に特定期間の課税売上高等が1,000万円を超えた場合は課税事業者になります。インボイス登録をしている場合も免除されません。
Q. 一人で経営する店でも社会保険に入る必要がありますか。
A. 法人の場合、報酬を受け取る代表者も原則として健康保険・厚生年金保険の対象になります。加入要件の詳細は年金事務所に確認してください。
Q. 個人事業の青色申告の赤字は法人に引き継げますか。
A. 個人と法人は別の納税者のため、一般的には個人事業の繰越損失を法人で使うことはできません。法人化の時期は、個人の赤字の繰越しが残っていないかも含めて検討しましょう。
まとめ
個人店の法人化は、税率の差だけでなく、社会保険の強制適用、均等割、事務負担、許認可の手続きを含めて判断することが大切です。所得の目安はあくまで検討開始のきっかけであり、実際の有利・不利は個別の試算で決まります。
中小法人の軽減税率の期限や社会保険の適用拡大など、制度の変更も続いています。法人化を考え始めたら、決算書を用意して税理士に試算を依頼し、設立時期を計画的に決めましょう。個人事業のまま続ける場合は、関連記事「個人経営の店の青色申告」もあわせて参考にしてください。
出典
- No.5759 法人税の税率(国税庁)
- 法人税率の軽減(中小企業庁)
- 中小企業者等の法人税率の特例の見直し(国税庁)
- No.2260 所得税の税率(国税庁)
- No.1410 給与所得控除(国税庁)
- No.5762 青色申告書を提出した事業年度の欠損金の繰越控除(国税庁)
- No.6503 基準期間がない法人の納税義務の免除の特例(国税庁)
- No.5100 新設法人の届出書類(国税庁)
- No.7191 登録免許税の税額表(国税庁)
- 免許通知書の項目に変更があった場合等の主な手続き一覧(国税庁)
- 適用事業所と被保険者(日本年金機構)
- 厚生年金保険が適用されるのは、どのような事業所ですか。(日本年金機構)
- 厚生年金保険の保険料(日本年金機構)
- 社会保険の加入対象の拡大について(厚生労働省)
- 地方税制度|法人住民税(総務省)
- 事業譲渡による営業許可・届出の地位の承継が可能になりました(東京都保健医療局)