会社の指示で行う制服への着替え、朝礼、閉店後の清掃は、原則として労働時間に当たります。タイムカードを押す前や押した後にこうした作業をさせていると、気づかないうちに未払い残業が積み上がります。
この記事は、飲食店や小売店のオーナー、店長、勤怠管理を担当する方に向けたものです。アルバイト・パートが多く、開店前と閉店後の作業が日常的にある店舗ほど注意が必要です。
労働時間の定義、厚生労働省のガイドラインが示す例、店舗でよくある作業の分類表、打刻ルール、端数処理の考え方、未払い賃金の時効と付加金、対策チェックリストの順に解説します。
労働時間とは「使用者の指揮命令下に置かれている時間」
労働基準法上の労働時間は、就業規則やシフト表に書かれた時間ではなく、実態で判断されます。厚生労働省の「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(平成29年1月20日策定)は、労働時間を「使用者の指揮命令下に置かれている時間」と定義しています。
同ガイドラインは、使用者の明示または黙示の指示により労働者が業務に従事する時間は労働時間に当たるとしています。「やれとは言っていないが、やらないと注意される」作業も、黙示の指示として労働時間になり得ます。
裁判例では、三菱重工業長崎造船所の事件で最高裁判所第一小法廷が平成12年3月9日に判決を出し、作業服の着替えなどが労働時間に当たるかを判断しています。中央労働委員会の解説資料も、通説・判例・行政解釈は労働時間を「労働者が使用者の指揮命令(監督)下におかれている時間」と定義していると整理しています。
ガイドラインが示す3つの例
ガイドラインは、次の時間を労働時間として扱う必要があると例示しています。
- 使用者の指示により、業務に必要な準備行為(着用を義務付けられた所定の服装への着替え等)や、業務終了後の業務に関連した後始末(清掃等)を事業場内で行った時間
- 指示があれば即時に業務に従事することを求められ、労働から離れることが保障されていない状態で待機等している時間(いわゆる手待時間)
- 参加が業務上義務づけられている研修・教育訓練の受講や、使用者の指示により業務に必要な学習等を行っていた時間
一方、中央労働委員会の解説資料は、着替えについて、義務的でそれ自体に入念な作業を要する場合を除けば業務の準備にすぎないとする見解も紹介しています。着替えは「会社が着用を義務付け、店内で着替えるよう指示しているか」が判断の分かれ目になると考えてください。
店舗でよくある作業は労働時間に当たるか
下の表は、厚生労働省の資料をもとに、店舗でよくある作業を原則的な扱いで整理したものです。最終的には個別の事情で判断されるため、迷う場合は労働基準監督署や社会保険労務士に確認してください。
| 作業 | 原則的な扱い | 判断のポイント |
|---|---|---|
| 制服への着替え(店内で着替えるよう指示) | 労働時間 | ガイドラインの例示「所定の服装への着替え」に当たる。私服通勤可で着替えが任意なら扱いが変わり得る |
| 開店前準備(レジ準備、品出し、仕込み) | 労働時間 | 業務に必要な準備行為。シフト開始前に終えるよう求めていれば労働時間 |
| 朝礼・ミーティング | 労働時間 | 出席が義務なら労働時間。中労委資料も「指揮監督下に義務的に行われる場合には労働時間」と整理 |
| レジ締め・売上報告 | 労働時間 | 業務そのもの。打刻後に行わせるのは典型的な未払いの原因 |
| 閉店後の清掃・片付け | 労働時間 | ガイドラインの例示「業務終了後の後始末(清掃等)」に当たる |
| 休憩中の電話番・来客対応 | 労働時間 | 厚労省Q&Aは昼当番の電話・来客対応を勤務時間に含むとし、別途休憩を与える必要があるとしている |
| 客待ち・指示待ちの待機 | 労働時間 | すぐ対応できるよう求められていれば手待時間 |
| 研修動画の視聴(店長が視聴を指示、未視聴だと評価に影響) | 労働時間 | 業務上義務づけられた研修・学習に当たる |
| 研修動画の視聴(完全な自由参加で、不利益な扱いなし) | 原則、労働時間ではない | 厚労省リーフレットは、業務上義務づけられていない自由参加の研修は労働時間に該当しないとしている |
厚生労働省のリーフレット「『研修・教育訓練』に関する労働時間の考え方」は、形式上は自由参加でも、参加しないと減給される、正社員登用の条件になっている、参加できるようシフトを調整している、といった事情があれば労働時間に当たる例を挙げています。飲食店の例としては、従業員が自ら先輩に指導を頼み、許可を得て厨房で自主的に練習した時間は労働時間に当たらないとする事例が載っています。
勤怠の打刻ルールの作り方
ガイドラインは、始業・終業時刻の確認・記録の原則的な方法として、使用者が自ら現認する方法と、タイムカード、ICカード、パソコンの使用時間の記録等の客観的な記録を基礎とする方法の2つを挙げています。店舗ではタイムカードや勤怠アプリによる打刻が基本になります。
打刻のタイミングを決める
未払いを防ぐには「業務を始める直前に出勤打刻、業務をすべて終えた直後に退勤打刻」を徹底することが出発点です。制服着用を義務付けている店舗では、着替え前に出勤打刻、着替え後に退勤打刻とするのが安全です。
反対に、「着替えてから打刻」「レジ締め後は打刻してから清掃」といった運用は、ガイドラインの例示に当たる作業を労働時間から外すことになります。厚生労働省のリーフレットも、タイムカード打刻前に制服への着替え、清掃、朝礼などを義務付けながら労働時間として扱わない例を問題事例として挙げています。
自己申告制にする場合の注意
やむを得ず自己申告制とする場合、ガイドラインは、自己申告の時間と実際の時間が合っているか必要に応じて実態調査を行い、補正することを求めています。申告できる残業時間に上限を設け、上限を超える申告を認めないといった措置は禁じられています。
打刻時刻と、POSのレジ締め時刻や店舗の施錠記録が大きくずれていないかを定期的に確認すると、実態とのずれに早く気づけます。
1分単位の計算と端数処理の例外
労働時間は毎日適正に把握し、それに基づいて賃金を計算するのが原則です。厚生労働省のリーフレットは、1日ごとに一定時間に満たない労働時間を一律に切り捨て、その分の賃金を払わないことは労働基準法違反になると明記しています。
| 処理の方法 | 扱い |
|---|---|
| 1日ごとに15分未満を切り捨てる(勤怠システムの丸め設定など) | 違反 |
| 残業申請を30分単位に限り、30分未満の残業を払わない | 違反 |
| 1日の労働時間の端数を切り上げて支払う | 問題なし |
| 1か月の時間外・休日・深夜労働それぞれの合計に1時間未満の端数がある場合、30分未満を切り捨て、30分以上を1時間に切り上げる | 違反として扱わない(事務簡便のための例外) |
例外として認められているのは「1か月の合計」に対する処理だけです。勤怠システムの丸め設定が1日単位の切り捨てになっていないか、導入時の初期設定も含めて確認してください。
未払い残業が見つかったときのリスク
時効は当分の間3年
2020年4月1日施行の改正労働基準法により、賃金請求権の消滅時効は原則5年に延長され、当分の間は3年とされています。対象は支払期日が2020年4月1日以降の賃金です。
たとえば1日15分の未払いでも、3年分をさかのぼって請求されると、従業員数によっては大きな金額になります。出勤簿やタイムカードなど労働時間の記録の保存期間も、原則5年、当分の間3年とされています。
付加金
付加金は、割増賃金の未払いなどがあった場合に、労働者の請求により裁判所が未払い金に加えて支払いを命じることができるものです。同じ改正で、付加金を請求できる期間も原則5年、当分の間3年となりました。
労働基準監督署の監督指導
従業員の申告などをきっかけに労働基準監督署の監督指導が行われ、法違反が認められると是正勧告などの指導を受けます。未払い分をさかのぼって支払うよう求められることもあるため、指摘を受ける前に自主点検しておくことが大切です。
未払い残業を防ぐ対策チェックリスト
- □ 制服の着用を義務付けている場合、着替え時間を労働時間に含める打刻ルールになっている
- □ 朝礼・ミーティングを所定労働時間内に行っている、または労働時間として記録している
- □ レジ締め・閉店後清掃をすべて終えてから退勤打刻している
- □ 「先に打刻してから片付け」といった運用が現場に残っていない
- □ 休憩中の電話番・来客対応をさせた場合、別に休憩を与えている
- □ 研修動画や勉強会が義務か自由参加かを明確にし、義務なら賃金を払っている
- □ 勤怠システムの丸め設定が1日単位の切り捨てになっていない
- □ 残業申請に時間の上限や30分単位などの制限を設けていない
- □ 打刻時刻とPOS・施錠記録のずれを月1回は確認している
- □ タイムカード・出勤簿を少なくとも3年間保存している
あわせて、最低賃金の改定や深夜割増の計算も確認しておくと安心です。関連記事「2026年度最低賃金」「飲食店の深夜割増・休憩・休日の基本ルール」もご覧ください。
よくある質問
Q. 開店15分前に来るよう指示しているが、打刻は開店時刻からでよいですか。
A. 早く来て準備をするよう指示しているなら、その15分は原則として労働時間です。出勤した時点で打刻させ、賃金を払う必要があります。
Q. 従業員が勝手に早く来て打刻している場合も払う必要がありますか。
A. 業務をしていない時間まで労働時間になるわけではありません。ただし黙認して準備作業をさせていると黙示の指示と判断されるおそれがあるため、早出のルールを決め、業務がない時間の打刻は避けるよう周知してください。
Q. 勤怠は15分単位で計算してもよいですか。
A. 1日ごとに15分未満を切り捨てる処理は違反です。切り上げて支払うのは問題ありません。例外は1か月の時間外・休日・深夜労働の合計に対する30分未満切り捨て・30分以上切り上げです。
Q. アルバイトにも同じルールが適用されますか。
A. はい。労働時間の考え方は雇用形態に関係なく適用されます。アルバイト・パートは時給制のため、数分単位の未払いが直接賃金不足になります。
まとめ
労働時間は「使用者の指揮命令下に置かれている時間」であり、指示による着替え、朝礼、閉店後清掃、休憩中の電話番は原則として労働時間です。自由参加の研修は原則として労働時間に当たりませんが、不参加で不利益がある場合などは労働時間と判断されます。
未払い賃金は当分の間3年さかのぼって請求でき、付加金のリスクもあります。打刻のタイミング、丸め設定、残業申請の制限の3点を今月中に見直すことをおすすめします。