労災保険は、パートやアルバイトを含めて労働者を1人でも雇っていれば、業種や規模を問わず加入が必要な制度です。厨房でのやけどや包丁による切り傷、売場での転倒も、仕事が原因であれば労災保険の対象になります。保険料は全額を事業主が負担し、従業員から徴収することはできません。

この記事は、小売店や飲食店のオーナー、店長、人事・労務の担当者に向けたものです。「アルバイトは労災の対象外」「軽いけがなら健康保険で済ませればよい」といった誤解は、後で大きなトラブルにつながります。

以下では、加入のルールと保険料、業務災害と通勤災害の違い、主な給付、事故が起きたときの手続き、労働者死傷病報告と労災かくしの罰則、店舗で多い災害と防止策、事業主の特別加入までを順に解説します。

労災保険はアルバイト・学生・外国人も対象

1人でも雇えば強制適用

厚生労働省は、労働者(パートタイマー、アルバイトを含む)を1人でも雇用していれば、業種・規模を問わず労働保険の適用事業になると説明しています。事業主には成立(加入)手続を行い、労働保険料を納付する義務があります。開業してアルバイトを1人採用した時点で、手続が必要になると考えてください。

労災保険は正社員、アルバイト、パートタイマーなど、名称や働き方にかかわらず適用されます。週1日勤務の学生アルバイトや、短時間だけ働く主婦パートも対象です。また、労災保険は国内の労働者の保護を目的とする制度で、外国人労働者も含まれます。

保険料は全額事業主負担

労働保険料は、労働者に支払う賃金の総額に保険料率を掛けて計算します。このうち雇用保険料は事業主と労働者の双方が負担しますが、労災保険料は全額が事業主負担です。給与から労災保険料を天引きすることはできません。

労災保険率は業種ごとに定められています。令和6年4月1日改定の労災保険率では、「卸売業・小売業、飲食店又は宿泊業」は1,000分の3です。神奈川労働局の案内では、令和8年度の労災保険率は令和7年度と同率とされています。

項目内容
対象となる人正社員、パート、アルバイト、学生、外国人など、雇用されて賃金を受けるすべての労働者
保険料の負担労災保険分は全額事業主(雇用保険分は事業主と労働者で負担)
保険料の計算賃金総額×労災保険率
小売業・飲食店の料率1,000分の3(令和6年4月1日改定。令和8年度も同率)
計算例年間賃金総額1,000万円×3/1,000=3万円

手続をしていないとどうなるか

成立手続をしていない場合は、さかのぼって労働保険料が徴収され、あわせて追徴金も徴収されます。さらに、未手続の期間中に労災事故が起きると、事業主から保険給付の費用が徴収される「費用徴収制度」があります。

厚生労働省によると、行政機関から加入手続の指導を受けたのに手続をしていなかった場合は、「故意」と認定されて給付額の全額が徴収されます。指導を受けていなくても、事業開始から1年を経過して手続をしていない場合は「重大な過失」と認定され、給付額の4割が徴収されます。なお、未手続でも被災した従業員本人は給付を受けられます。

業務災害と通勤災害の違い

労災保険の給付は、仕事中のけがや病気を対象とする「業務災害」と、通勤途中の事故を対象とする「通勤災害」に分かれます。どちらも労災保険から給付されますが、事業主の責任の範囲や請求書の様式が異なります。

業務災害の例

厨房でフライヤーの油がはねてやけどをした、包丁で指を切った、濡れた床で滑って転んだ、重い段ボールを持ち上げて腰を痛めた、といったケースは業務災害にあたる可能性があります。品出し中に脚立から落ちた、開店準備中に台車にぶつかった場合も同様です。最終的な認定は労働基準監督署が行います。

通勤災害の考え方

通勤とは、住居と就業場所との往復などを、合理的な経路および方法で行うことをいいます。通常利用する経路が複数ある場合は、いずれも合理的な経路になりますが、合理的な理由なく著しく遠回りした経路は該当しません。

通勤の経路を逸脱・中断した場合、その間とその後の移動は原則として通勤になりません。ただし、日常生活上必要な行為をやむを得ない事由で最小限の範囲で行った場合は、合理的な経路に戻った後は再び通勤として扱われます。アルバイト先へ向かう途中の転倒も、こうした要件を満たせば対象になります。

主な給付の内容

労災保険の給付は、治療費、休業中の所得補償、障害が残った場合や亡くなった場合の補償などに分かれます。業務災害の給付は「補償」が付いた名称(休業補償給付など)、通勤災害は付かない名称(休業給付など)で呼ばれます。

給付内容
療養(補償)給付労災病院や労災指定医療機関では、必要な治療を無料で受けられます。指定外の医療機関では、いったん立て替えた費用が後で支給されます。
休業(補償)給付療養のため働けず賃金を受けられないとき、休業4日目から1日につき給付基礎日額の60%。別に休業特別支給金として20%が上乗せされます。
障害(補償)給付障害等級1〜7級は給付基礎日額の313日分〜131日分の年金、8〜14級は503日分〜56日分の一時金。別に障害特別支給金があります。
遺族(補償)給付遺族の数等に応じて給付基礎日額の245日分〜153日分の年金など。遺族特別支給金は一律300万円です。

たとえば給付基礎日額が1万円のアルバイトなら、休業4日目以降は1日あたり6,000円の休業補償給付と2,000円の特別支給金、合計8,000円が支給される計算です。休業初日から3日目までは待期期間で、業務災害の場合は事業主が労働基準法に基づき平均賃金の60%の休業補償を支払う必要があります。通勤災害の待期期間には、事業主の補償責任はありません。

事故が起きたときの対応手順

店舗でけがが発生したら、まず応急処置と受診を優先します。そのうえで、次の流れで手続を進めます。

  1. 応急処置をして、必要に応じて救急車を呼ぶ。
  2. できるだけ労災病院や労災指定医療機関を受診し、窓口で「仕事中(または通勤中)のけが」と伝える。
  3. 健康保険証は使わない。
  4. 指定医療機関では「療養補償給付たる療養の給付請求書(様式第5号)」を医療機関経由で労働基準監督署に提出する。通勤災害は様式第16号の3。
  5. 指定外の医療機関で受診した場合は、費用を立て替えたうえで様式第7号(通勤災害は第16号の5)で請求する。
  6. 休業が4日以上になる場合は、休業補償給付支給請求書(様式第8号、通勤災害は第16号の6)を提出する。
  7. 労働者死傷病報告を労働基準監督署に提出する(次章)。

厚生労働省の各労働局は「労働災害に健康保険は使えません」と明記しています。本人が「保険証で受診した」と後から申し出た場合は、早めに医療機関や労働基準監督署に相談し、労災保険への切り替えを進めてください。

労働者死傷病報告と労災かくしの罰則

報告の期限

労働者が労働災害で死亡または休業した場合、事業主は労働者死傷病報告を所轄の労働基準監督署に提出しなければなりません。期限は休業日数によって異なります。

区分提出期限
死亡・休業4日以上遅滞なく
休業4日未満(1〜3月分)4月末日まで
休業4日未満(4〜6月分)7月末日まで
休業4日未満(7〜9月分)10月末日まで
休業4日未満(10〜12月分)1月末日まで

令和7年1月1日から報告事項が改正され、労働者死傷病報告は電子申請が義務化されました。従来の様式第23号・第24号は使用しないこととされています。パソコンを持っていないなどの事情で電子申請が難しい場合は、当分の間、書面での報告も可能です。

労災かくしは犯罪

労働者死傷病報告を故意に提出しない、または虚偽の内容で提出する「労災かくし」は、労働安全衛生法違反として50万円以下の罰金の対象です。労働局は送検を含めて厳正に対応するとしています。「保険料が上がるから」「元請けや本部に知られたくないから」といった理由で報告を怠ってはいけません。

小売・飲食で多い災害と防止策

厚生労働省が令和8年5月27日に公表した令和7年の労働災害発生状況では、休業4日以上の死傷者数は全産業で135,333人でした。事故の型別では「転倒」が37,195人で最も多く、「動作の反動・無理な動作」が22,166人で続きます。業種別では商業が23,128人で、前年から4.9%増えています。

厚生労働省の資料「小売業・飲食店における労働災害防止の進め方」では、2021年の小売業の死傷者16,860人のうち転倒が5,893人(35%)で最多でした。飲食店では転倒に加え、切れ・こすれ、高温・低温の物との接触(やけど)が上位を占めています。

店舗でできる主な対策

  • □ 厨房や売場の床の水・油を、その都度ふき取る
  • □ 滑りにくい靴を指定し、靴底のすり減りを定期的に確認する
  • □ 通路に段ボールや台車を置かない(整理・整頓・清掃)
  • □ 包丁・スライサーの使い方と保管場所をルール化する
  • □ フライヤーの油の交換手順を決め、熱い油を運ばせない
  • □ 重い物は台車で運び、持ち上げ方を教える(腰痛対策)
  • □ 新人アルバイトに初日から安全教育を行い、ヒヤリハットを共有する

厚生労働省は、転倒や腰痛など日常生活でも起こりうる労働災害を社会問題として捉え、関係者が一緒に取り組む「SAFEコンソーシアム」を推進しています。夏場の厨房やバックヤードでは、関連記事「熱中症対策の義務化」もあわせて確認してください。

事業主の特別加入と法改正の動き

オーナー自身も加入できる

労災保険は本来、労働者を保護する制度なので、事業主や家族従事者は対象外です。ただし、一定規模以下の中小事業主は「特別加入」によって補償を受けられます。店長と一緒に厨房に立つオーナーには検討の価値があります。

中小事業主の範囲は、常時使用する労働者数が小売業・金融業・保険業・不動産業で50人以下、卸売業・サービス業で100人以下、その他の業種で300人以下です。労働保険関係が成立していること、労働保険の事務処理を労働保険事務組合に委託していることが加入の要件になります。家族従事者など労働者以外で業務に従事している人は、原則として全員をまとめて加入させる必要があります。

令和8年の労災保険法改正

令和8年7月17日に「労働者災害補償保険法等の一部を改正する法律」が公布されました。遺族補償年金の夫の年齢要件の削除、医学的判断が難しい一部の疾病について請求権の時効期間を2年から5年に延長することなどが盛り込まれています。施行は原則として令和9年4月1日で、詳細は今後の厚生労働省の案内を確認してください。

よくある質問

Q. 週1日勤務の学生アルバイトも労災保険の対象ですか?

A. 対象です。労災保険は勤務日数や時間、雇用形態にかかわらず、雇用されている労働者すべてに適用されます。個別の加入手続も必要ありません。

Q. 軽いやけどなので、本人の健康保険で受診してもらってもよいですか?

A. 仕事中のけがに健康保険は使えません。労災指定医療機関で労災として受診し、休業が生じた場合は労働者死傷病報告も提出してください。

Q. 休業3日目までの賃金はどうなりますか?

A. 業務災害の場合、休業初日から3日目までは事業主が平均賃金の60%の休業補償を支払う必要があります。4日目以降は労災保険から休業補償給付が支給されます。

Q. 労災保険に未加入の状態で事故が起きたら、従業員は補償を受けられませんか?

A. 従業員は給付を受けられます。ただし事業主は、さかのぼった保険料と追徴金に加え、給付額の全額または4割を費用徴収される可能性があります。

まとめ

労災保険は、アルバイトやパート、学生、外国人を含め、労働者を1人でも雇えば加入が必要です。保険料は全額事業主負担で、小売業・飲食店の料率は1,000分の3です。

事故が起きたら健康保険証を使わず、労災指定医療機関で受診し、様式第5号などで請求します。休業4日以上は遅滞なく、4日未満は四半期ごとに労働者死傷病報告を電子申請で提出してください。

転倒、切れ・こすれ、やけど、腰痛は店舗で特に多い災害です。床の清掃や靴のルール、新人教育など、日々の対策で予防に取り組みましょう。

出典