改正公益通報者保護法(令和7年法律第62号)が、2026年12月1日に施行されます。通報を理由とする解雇・懲戒への刑事罰の新設、通報者探索・通報妨害の禁止、フリーランスの保護対象への追加などが柱です。
内部通報の体制整備が義務となるのは、常時使用する労働者が300人を超える事業者です。300人以下の事業者は努力義務ですが、解雇・懲戒の刑事罰や推定規定などは規模にかかわらず関係します。店舗数が多く、パート・アルバイトや業務委託先を多く抱える小売・外食企業は、影響が大きい業態です。
この記事では、消費者庁の公表資料をもとに改正のポイントを整理し、本部が施行までに見直すべき規程・窓口・周知の方法と、店舗で起こりやすい通報の類型をまとめます。
改正公益通報者保護法の主なポイント
消費者庁の「改正概要」をもとに、主な改正項目と店舗・本部への影響を整理すると次のとおりです。
| 改正項目 | 内容 | 店舗・本部への影響 |
|---|---|---|
| 体制整備の実効性向上 | 従事者指定義務に違反した事業者への命令権、立入検査権を新設。命令違反は30万円以下の罰金(法人も両罰) | 300人超の企業は「従事者を指定していない」状態が罰則リスクになる |
| 周知義務の明確化 | 受付窓口の連絡先、不利益取扱いの防止措置、通報妨害・通報者探索の防止措置などを労働者等に周知 | 店舗スタッフ全員に窓口が届いているかが問われる |
| 通報妨害の禁止 | 正当な理由なく「公益通報をしない旨の合意」を求める行為などを禁止。違反した合意は無効 | 誓約書・退職時の合意書の文言確認が必要 |
| 通報者探索の禁止 | 正当な理由なく、公益通報者を特定することを目的とする行為を禁止 | 「誰が通報したのか」を店長が聞き回る行為は禁止対象 |
| フリーランスの追加 | 業務委託関係にあるフリーランス、および契約終了後1年以内の者を保護対象に追加 | 委託先の講師・デザイナー・配送などの個人事業者も対象 |
| 刑事罰の新設 | 通報を理由に解雇・懲戒をした者に6月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金、法人に3,000万円以下の罰金 | 人事処分の判断過程の記録が重要になる |
| 立証責任の転換 | 通報後1年以内の解雇・懲戒は、公益通報を理由とするものと推定 | 処分理由を会社側が示せる準備が必要 |
刑事罰と「推定規定」の意味
これまで、通報を理由とする解雇は民事上「無効」とされるだけで、刑事罰はありませんでした。改正後は、解雇・懲戒を行った個人にも直接罰則がかかり、法人には最大3,000万円の罰金が科される可能性があります。
あわせて、通報をした日から1年以内に行われた解雇・懲戒は、通報を理由としたものと推定されます。つまり、会社側が「別の正当な理由による処分である」ことを示す必要が出てきます。無断欠勤やレジ金の不正など、処分の根拠となる事実は日頃から記録しておくことが大切です。
「その他の不利益取扱い」も明確化
改正概要では、禁止される不利益取扱いの例として、地位の得喪、人事上の取扱い、経済待遇上の取扱い、精神上・生活上の取扱いが示されています。たとえば、通報したパート社員のシフトを極端に減らす、遠方店舗へ異動させる、といった対応も問題になり得ます。
300人超は義務、300人以下は努力義務
内部公益通報対応体制の整備は、常時使用する労働者が300人を超える事業者に義務付けられています。300人以下の事業者は努力義務です。この区分自体は2022年6月施行の前回改正から変わっていません。
パート・アルバイト、契約社員が「常時使用する労働者」に含まれるかは、常態として使用される労働基準法上の労働者に当たるかで個別に判断されます(消費者庁Q&A)。正社員が少なくても、パート・アルバイトを含めると300人を超えるスーパーや飲食チェーンは珍しくないため、人数の数え方を一度確認しておくと安心です。
| 区分 | 体制整備 | 従事者の指定 | 刑事罰・推定規定 |
|---|---|---|---|
| 常時使用する労働者300人超 | 義務 | 義務(違反時は命令・罰則の対象) | 適用 |
| 常時使用する労働者300人以下 | 努力義務 | 努力義務 | 適用 |
従事者とは、内部通報の受付・調査・是正に主体的に関わり、通報者を特定させる情報を伝えられる人のことです。従事者が正当な理由なく通報者を特定させる事項を漏らした場合、30万円以下の罰金の対象となります。
店舗・本部が施行までに見直すこと
1.規程と従事者指定
内部通報規程に、改正で明記された通報妨害・通報者探索の禁止を加えます。改正後の指針解説では、これらの行為が懲戒処分等の対象になることを定めて周知することが例示されています。
従事者は、書面など本人が自覚できる方法で指定します。本部の法務・総務担当だけでなく、エリアマネージャーが調査に関わる運用であれば、その範囲も整理が必要です。
2.窓口の設計
店長やエリアマネージャーが通報対象の当事者になる場面は少なくありません。本部窓口に加え、外部の弁護士窓口やグループ共通窓口など、店舗の指揮命令系統から独立したルートを用意しておくと、通報をためらう理由を減らせます。
3.パート・アルバイトへの周知
周知の対象には、パート・アルバイト、退職者、フリーランスなども含まれます。指針解説では、イントラネット、携行カード、動画など多様な媒体を用いることが例示されています。社用PCを持たない店舗スタッフには、次のような方法が現実的です。
- バックヤードや休憩室へのポスター掲示(QRコードで窓口フォームへ)
- 入社時オリエンテーションでの説明と、窓口カードの配布
- シフト管理アプリや給与明細アプリでのお知らせ配信
- 外国人スタッフ向けのやさしい日本語・母国語版の案内
4.フリーランスへの対応
指針解説では、業務委託契約に係る書面やメール等に窓口の連絡先を記載する方法が示されています。契約終了後も通報できることを、契約期間中に伝えておくことも求められています。フリーランスとの取引条件は、ストアガイドの「取適法」の記事もあわせて確認してください。
5.店長研修での伝え方
通報者探索の禁止は、現場の管理者が知らないまま違反してしまうおそれがあります。店長研修では、次のような「やってはいけない対応」を具体的に示すと伝わりやすくなります。
- 朝礼やグループチャットで「本部に連絡したのは誰か」と尋ねる
- 筆跡や勤務時間帯から通報者を推測し、周囲に話す
- 通報がありそうなスタッフに「本部には言わないように」と口止めする
- 通報後に、特定のスタッフだけシフトを減らす
本部の調査に協力を求められたときは、事実関係の確認に必要な範囲で応じ、知り得た情報を店内で共有しないことも伝えておきましょう。
6.通報を受けた後の流れ
受付から是正までの流れを、あらかじめ文書にしておきます。受付、調査の要否の判断、調査、是正措置、通報者への結果の通知、記録の保管という順番が基本です。
指針解説では、窓口の周知度を確かめる方法として匿名アンケートも例示されています。年1回程度、店舗スタッフに「窓口を知っているか」を尋ねると、周知の効果を確認できます。
小売・外食で想定される通報の類型
公益通報の対象となるのは、消費者庁が一覧で示す対象法律に違反する、刑事罰や過料の対象となる事実などです。一覧(2026年6月1日現在)には、食品衛生法、食品表示法、景品表示法、労働基準法、最低賃金法、労働安全衛生法、廃棄物処理法、医薬品医療機器等法、個人情報保護法などが含まれています。店舗で起こり得る例を整理すると次のとおりです。
| 分野 | 関係する主な法律 | 店舗で想定される通報の例 |
|---|---|---|
| 食品表示・偽装 | 食品表示法、景品表示法 | 産地や消費期限の貼り替え、「国産」表示の誤り、過大な割引表示 |
| 衛生管理 | 食品衛生法 | 厨房・惣菜部門での温度管理の不備、異物混入の隠蔽 |
| 労務 | 労働基準法、最低賃金法 | サービス残業の強要、タイムカードの改ざん、最低賃金を下回る時給 |
| 安全 | 労働安全衛生法 | バックヤードでの危険作業の放置、労災の隠蔽 |
| 医薬品 | 医薬品医療機器等法 | ドラッグストアでの要指導医薬品などの販売ルール違反 |
| 環境・情報 | 廃棄物処理法、個人情報保護法 | 廃棄物の不適正処理、会員情報の持ち出し |
なお、個別の事案が公益通報に当たるかは、事実関係や対象法律の規定によって判断されます。窓口では「公益通報に当たるか」で受付を絞らず、幅広く受け付けて振り分ける運用が実務上は扱いやすいでしょう。時給に関する通報に備えて「2026年度最低賃金」の記事、カスハラ被害の相談窓口との一本化を検討する場合は「カスハラ対策義務化」の記事も参考になります。
施行前の実務チェックリスト
- □ パート・アルバイトを含めた「常時使用する労働者」の人数を確認した
- □ 従事者を書面等で指定し、本人に守秘義務と罰則を説明した
- □ 内部通報規程に、通報妨害・通報者探索の禁止と懲戒対象であることを明記した
- □ 誓約書・退職合意書に「通報しない」趣旨の条項がないか点検した
- □ 店長・エリアマネージャーを経由しない通報ルートを用意した
- □ 全店舗のバックヤードに窓口の案内を掲示した
- □ 入社時研修と店長研修で、改正内容と「犯人探し禁止」を説明した
- □ 業務委託契約書やメールに窓口の連絡先を記載した
- □ 通報後の配置転換・シフト変更・懲戒の判断記録を残す手順を決めた
- □ 周知度を確認する匿名アンケートなど、定期的な点検方法を決めた
よくある質問
Q. 従業員300人以下の会社は何もしなくてよいのですか。
A. 体制整備は努力義務ですが、通報を理由とする解雇・懲戒への刑事罰や推定規定は規模にかかわらず適用されます。少なくとも、通報者探索の禁止を店長に周知し、処分の判断記録を残す運用は整えておくことをおすすめします。
Q. 匿名の通報で、誰が送ったのか確認したいときはどうすればよいですか。
A. 正当な理由なく通報者を特定することを目的とする行為は禁止されます。調査に必要な事実確認は従事者が行い、通報者の特定につながる情報を店舗側に伝えない運用にしてください。
Q. アルバイトが辞めた後に通報してきた場合も保護されますか。
A. 退職者は現行法でも一定期間、公益通報者に含まれます。退職者も周知の対象とされているため、退職時の案内に窓口の連絡先を記載しておくと安心です。
Q. 業務委託の清掃業者の個人事業主も対象ですか。
A. 業務委託関係にあるフリーランス(特定受託業務従事者)は、改正で保護対象に加わりました。契約終了後1年以内の者も対象です。
まとめ
改正公益通報者保護法は2026年12月1日に施行され、通報を理由とする解雇・懲戒に刑事罰が科されるようになります。通報者探索・通報妨害の禁止、フリーランスの追加、1年以内の解雇・懲戒の推定規定も加わります。
店舗を多く持つ企業では、パート・アルバイトに窓口が届いているか、店長が「犯人探し」をしない仕組みになっているかが要点です。施行まで約2か月です。規程、従事者指定、掲示物、委託契約書の4点から優先して見直しましょう。